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<弦楽合奏の楽しみ>
(3) 人が集まらない

結論を先に書いてしまいますと、前回書いたこの3大方針は大成功でした。完全に軌道に乗るまで5年はかかりましたが、出席率ほぼ100%の合奏団がそのまま20年も継続できたのです。初めて参加いただいた方は、誰しもその驚異的な出席率に驚かれたものでした。しかしこの軌道に乗るまでの5年間が苦しい年月でした。

発足時の編成は、Vn.6,Va.1,Vc.1,Db.1でやはりビオラ・チェロが不足していました。それに、Vnにもう少しぱりっと弾ける人が必要でした。なんとか団員を募集する方法を考えねばならない。真っ先に考えついたのが、梅新にあった名曲喫茶「日響」にポスターを貼ることでした。堺市の教育委員会にも団体を登録したりしました。また、APAの名簿にある人に片っ端からお誘いのはがきを出しました。その他大学オケの卒業生達に電話するなど、考えつくことは色々やってみました。 しかし残念ながら、すぐには効果が出ません。

そのうちに大事件が起こりました。なんとこともあろうに、チェロ氏が東京へ転勤してしまったのです。またVnの女性が一人、結婚して東京へ行ってしまいました。

増えるどころか減る一方でした。後輩達も、卒業してからも音楽をやろうという人は意外と少なかったのです。子供の頃から弾いていて、この人なら上手だという人に限って、もうやりたくないというのです。彼らはもう大学オケで、パートリーダやコンサートマスターなんかをやらされ、歯抜け状態のオケにも関わらず、練習に参加することを義務づけられてヘトヘトだったという風でした。それなのに、卒業してからもまた同じ二の舞は御免という訳でした。彼らは、私も含めて音楽ならず「音苦」をやっていたんです。中でも一人、プロの弦楽四重奏奏者の息子さんで、天分もある人が後輩にいました。この人はコンサートマスター経験者で、すばらしい音を出す人でしたが、こんな人までもう金輪際したくないというのには少なからず驚きました。

一体私達がやってきた、オケ活動はなんだったのでしょう。まるでわざわざ音楽嫌いを製造したようなものです。何故そうなるのか、その理由は色々あると思うのです。しかし、私達の考えではその元凶は演奏会だとにらんでいました。何もかも演奏会のために犠牲にされ、特にリーダー格の方に大きな負担がかかっていたのでしょう。

私達は改めて、演奏会をやらないと云う方針を堅持する事を確認し合ったのでした。要するに、合奏を楽しむという基本的なことが、演奏会をやるという大前提の元に見捨てられていたと思うのです。

世に学生オケは、それこそ星の数ほど有ります。だから、ものすごい数の楽器経験者が毎年卒業しているわけです。それが、どうしてこんなに人集めに苦労するのでしょう? 恐らく大半の人が、卒業と同時に楽器も辞めてしまっているのだろうと思うのです。それが証拠に、APA(アマチュア演奏家協会)の会員数が、30年前からの約1000人からほとんど増えていないのを見ても分かります。残念なことです。

人集めが暗礁に乗り上げ、私達はこのままだと継続が難しいと思い始めていました。第一、チェロがいない合奏は全く面白みがありません。特に、バロック音楽をやろうとする合奏団にとって、通奏低音の欠如は致命的です。 幸い、ダブルベースが一人熱心に来てくれていたので、わずかに助かっていたのです。Vnの数も少なく、ソロが2人必要な曲はTuttiが3人となり、いかにも不足です。私が理想とする編成は、Vn.8,Va3,Vc.2,Db.1 と云うところで、欲を言えば、ぱりっと弾けるベテランのVnが2人は欲しいところです。

現実は全く理想にほど遠く、暗澹たる気持ちになっていました。