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<バイオリン上達への近道>
(1) 音感を鍛える

以下の文章は、私が大学時代に入ったオーケストラ部で始めたバイオリンとの悪戦苦闘の約30年で得た私なりの結論をまとめたものです。この30年間の初めの方の約3年間ほどは、先生の レッスンを受けましたが後の大 部分は独学です。従って、全ては素人考えであるにしても、紛れもなく私自身の試行錯誤の結果、実際に経験して得たことばかりであり、これを公開することによって私のように遠回りをせずに、歩いていただく一助になりはしないかと思ったわけです。この文章は、あるHPの掲示板に公表 した文章を、転載したものです。

私は大学のオーケストラからバイオリンを始めて以来、長年にわたって大人から始めるバイオリン」ということを前提に「バイオリン上達への近道」を探求し続けてきました。-- というと何だかすごい熟練者のように思われるかもしれませんが、私は全くいつまで経っても上手になれず悩んでいる本当に鈍臭い”大阪のおっちゃん”です。ただもう、子供の頃からバイオリンを弾いていて、オーケストラなんかでも涼しい顔で弾いている”上手な人” の境地というものを、いつか覗いてやろうという想いに支えられて長年継続できたんだと思っています。つまり、どうしたらあんな風に早いハイポジションが弾けるのか、どうした らあんな良い音が出せるのか、どうしたらあんなにきれいなトリルが弾けるのか等々----その答えを自分の目で見つけ、自分の言葉で語ることが出来るようになりたいという一心で今日までやって来たんです。そしてまあ収穫もあったけど10年単位の、若い皆さんには気の遠くなりそうな年月の回り道を通ったりもしました。その全てを包み隠さず公開することに よって、ひょっとして中には私と同じ回り道を歩こうとしている人がはっと我に返るかもしれない。そんな期待感を持ってこの文章を公開したいと思います。 さて「バイオリン上達 への近道」とは何か? 私の考えはズバリ 「音感を鍛えること」なんです。実に月 並みなことで、そんなことは皆さんなら先刻ご承知のことでしょう。あるいは、それこそ大変な遠回りで、そんなことをしていたらいつまで経っても弾きたい曲も弾けないじゃないか、 とおっしゃる方もおられるでしょう。しかしそれでもあえて言いたいのです。これが「究極 の近道」なのですと。

皆さんは音感が重要とは思っても「音感を鍛えるための練習」という捉えかたをした練習なさっている方は案外少ないのではないでしょうか。毎日の練習メニューとして欠かせない 「音階練習教本・カイザー教本・ウォルハート教本・クロイツェル教本・セヴィシック教本 それからローデの24キャプリス等々に至るまで----」は全てこの音感を鍛えるためにあるといっても過言ではないと私は考えています。そして私、これらの教本が、一見機械的な不毛の指の訓練のように見えて実は「実に効果的な耳の練習」でもあるんだという見方をしています。また、先生がよくおっしゃる ”左手の形は一定にしろ・手首はまっすぐに・指はばたつかせないこと・ポジション移動時は親指あるいは肘を先行・ハイポジションの時は指を立てろ・弦は浅く押さえろ”等々は、全てこの音感を鍛えることに失敗するかもしれな い子供たちに、捕まえるべき正確な音のポイントの、せめてほんの近くまでは行けるようにとの願いで、具体的に噛み砕いて子供にも分かるように教えていることを大人にも言っているに過ぎないのだと思います。しかしはっきり言ってあのモーツァルトのような音感の持ち主ならこんな教えは不要だろうと思うのです。なぜなら、先生は彼自身の”耳”だからなのです。彼自身の耳の導くまま弾けば自然に理想的な姿勢で、理想的な手の形で、理想的な肘の使い方で弾くことが出来るようになるのだと思います。さてここで私の論旨をわかりやすくするために、皆さんもご存知のあの有名なモーツァルトのエピソードをもう一度思い出して検討したいと思います。そのエピソードとはこうです。

彼が、当時もう既に著名なバイオリンの先生であったお父さんにバイリンを渡されて幾日も経っていない6・7才のある日のこと、お父さんは友人2人と弦楽三重奏を楽しんでいま した。この曲はその友人の一人が作曲したものだったので、無論皆初見です。それを見ていたモーツァルトは「僕も弾きたい」と言い出したそうです。ろくに練習もしていない事を知 っているお父さんは相手にしませんでした。しかし、あまりに駄々をこねるので、セカンドバイオリンの友人の横で弾かせることにしました。しばらく弾いいているち、モーツァルトがあまりにも上手に弾くので、そのセカンドバイオリンの友人は途中で弾くのを遠慮してしまったのです。驚いたお父さんは試しにファーストバイオリンを弾かせてみました。モーツ ァルトは指使いこそでたらめであったが、とにかく止まらずに最後まで弾いてしまい、居並 ぶ大人たちを驚嘆させたといいます。このことは、あまり練習もしていないモーツァルトが、初見で弾きこなしてしまうというのは、即ち彼は究極の「バイオリン上達への近道」を歩いたということを私たちに教えてくれます。実際こんな近道はありません。推察するに、彼は楽譜を見たとたん、彼の耳には発音すべき音が響き渡っていたに違いないと思うのです。 そして耳の命ずるまま手を指をそのポイントへ持っていく作業をしたにすぎないのではないでしょうか。だからこそバイオリン演奏上不合理な指使いでも、強引に弾いてしまったというのも肯けるではありませんか。彼のことをもう少し検討したいと思います。こんなエピ ソードもあります。お父さんの友人のバイオリニストがまた別の日に来た時、「おじちゃんのA弦の音は先週より1/6音低いね」と言ったり、門外不出の教会ミサ合唱曲を、1回聴いただけで1音の誤りもなく、さらさらと楽譜に再現して見せたということです。これは彼が音の高低に対する感覚だけでなく、人並外れた音の記憶力もあったということを物語っています。さて、こんな人がバイオリンの練習をするとどうなるでしょう?恐らく何か曲を弾く度に新しい発見をしたに違いないのです。こういう手の形の時はこの前はああいう音になったが、それをこうすればこんな音になる。指はこんな風に弦を押さえた方が正確な音程が得 られる。弓と弦のなす角度によって音質が変わる。また右手首の形や指の形を色々変えることによって変わる音色のうち、自分の好む音はどうすれば出るか等々、常に以前自分の出した音と比較しながら改善を加えていったはずです。常に自分の耳の命ずるまま、自分の耳を 先生として、弾けば弾くほど何の苦労もなく上手になっていったのではないかと思えるので す。これはまさしく私の考える究極の「バイオリン上達への近道」です。しかし悲しいかな、恐らくこんな音感の持ち主は少ないはずです。私のような人一倍鈍くさい凡人はどうすればいいのでしょうか。それはもう、ひたすら少しでも音感を磨くしかないと思うんです。こ れはすごい遠回りの道と感じられると思いますが、私の考えでは結局はこれが最短の近道であると思うのです。 皆さんの中には、高校生時代に合唱などをおやりになって、音感には 少なからず自信を持っておられる方もいらっしゃると思います。しかし私に言わせれば、このような方はややもすると人の出す音の善し悪しは分かるのに、御自分の出している音がいかにひどいかという事に気づかれない方が多いのです。例えばオーケストラ等で個人練習を している時に、先輩から「君の音はいつもFの音が高いね。」などと忠告を受けても、貴方は一向にありがたみを感じない。むしろ「あんたには言われたくない。」と心の中でつぶやいたことでしょう。何故ならあなたは、その先輩も音程が悪いことをうすうす感じていたか らなのです。しかしそういう場合でも、あなたはその先輩の忠告には謙虚に耳を傾けるべきなのです。なぜならその先輩は、自分の音は分からなくても、少なくとも人の音は分かるのですから。 このように、音感を鍛える目的は自分の音の善し悪しが分かるようになることなのです。そうでなければまったく意味がありません。だからまずやるべきことは「自分の音の善し悪しが分かる音感を鍛える」練習の仕方をするべきということになります。そんな 練習の仕方って当にあるのでしょうか?私はあると思います。少なくとも私が試みた方法はあります。しかしこれが最善とは思っていません。次回には私の試みた方法をご紹介しますが、皆さんはどんな方法をやられているのかぜひ聞かせて下さい。