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<美しいハーモニーにあこがれて・・・分離唱のすすめ>
(1) たまたまそこにやって来た人達だけではいいハーモニーはできないのか・・・?

私がこのオフ会で「初心者の為の弦楽合奏」を計画しだしたのは、もう約3年ぐらい前になりますか・・・。私達初心者にも美しいハーモニーを響かせることが出来ないものかといろいろ試行錯誤を繰り返して来ました。

しかし、初心者は音程があまり良くないものです。音程が良くないものが集まって美しいハーモニーが出来るわけがないじゃないか、 と一笑に付す方も少なくありません。・・・確かに、このご意見にも一理あるのです。大阪オフ会の例会でも、たまにいいハーモニーが得られたとしても、それはベテラン勢が遺憾なくその実力を発揮してくれたときなんですね・・・。

確かに・・・、上手な方々を集めさえすればソコソコいい合奏が出来る・・・、これは当たり前のことですよね。どんなことでも、いい素材を使いお金もかけたらいいものはできるでしょう。世間のアマチュアオーケストラを見渡してみても、オーディションをやっていい素材を集め、年間相当な会費を使っている所はなるほどいい演奏活動をしているようです。

こんな書き方をすると、そう言う活動を否定しているかのような印象を与えるかもしれませんが、決してそんなことはありません。それはそれで、間違いなくひとつの確立された世界だと思いますし、そこに参加しておられる方々は、日々の充実した音楽活動に生きがいを感じておられる方も少なくないと思います。これはとても素晴らしいことで、正直な所私も もっと上手くなってそのような仲間と一緒に音楽をやってみたいと思わなくはありません。

しかし・・・、それでも私の気持ちのどこかで、それではなにかつまらないよとささやく声がするのです。「初心者の為の弦楽合奏」を立ち上げた大阪オフ会・・・。ここには、大人になってから弦楽器を始めた初心者の方が、 弦楽合奏というものを一度体験してみたいという一心で集って来られます。オフ会に参加した方の中には、 レッスン場と家の往復だけに終始し、自分以外にヴァイオリンを弾く人はヴァイオリンの先生しか見たことがないという人、あるいは、楽器を間近で見たのはピアノかヴァイオリンしか見たことないという人など様々です。

こういう方々がオフ会に参加し、ヴァイオリンを弾くたくさんの人を見ては感激し、間近でチェロを見ては感動し、このような人たちと一緒に音を出せることに喜びを感じる・・・。それぞれさまざまな立場で意義のある一日を過ごされていることは間違いのないところです。

しかし、残念ながら「美しいハーモニーの中に身をおくことが出来て感激した。」 という感想はいまだかつて聞いたことがありません。

それはそうだろうよ美しいハーモニーなんて、ある水準以上のレベルのメンバーを固定し、定期的に計画的に練習しても得られるとは限らないものだ、ましてやネットで初心者を集めてその場限りの合奏なんかで何が出来るものか、と言う声が聞こえてきそうですね。 でも、本当にそうでしょうか。

我々には本当に無理なのでしょうか、我々は永久に救われないのでしょうか・・・。

私は、いや・・・なにか方法があるはずだ、あるはずだと、思い続けてきました。なんか・・・そんな気がしてならなかったのです。初心者のあまり良くない音程で濁っていたハーモニーが、練習しているうちにみるみるハーモニーが澄んでいく・・・、そんなことが出来たらその場に居合わせた人は恐らく感動の渦と化すにちがいありません。

そこにやって来た初心者の人たちと一緒に、美しいハーモニーの中に我が身を置きたい・・・、濁ったハーモニーがみるみるうちに美しく変貌するその過程を楽しみたい・・・、そしてそれを体験して感激して喜ぶ皆さんの顔を見たい・・・

・・・そうです、これこそが私のやって見たいことなのです。

しかし、そんな方法がきっとあるはずと思うその反面、そんなうまい話が本当にあるのか・・・と言う思いも実は正直な所あったのも事実です。

この3年間、色々と考えてみたのにもかかわらずなかなかその方法が見つからなかったからです。これはと思う方にはメールでお聞きしたりもしましたが、なかなか決定打は出ません。比較的いいハーモニーが得られたなぁと思えばなんのことはない・・・それはベテラン勢が揃ったときです。

これじゃぁつまらない・・・やっぱり無理なのかなぁ・・・ とほとんど絶望的でした。

それが・・・・ある日、その絶望の闇の中に一条の光が差し込んで来たのです。

それが「分離唱」という手法なのです。

この連載は、試行錯誤の結果たどり着いたこの「分離唱」とのめぐり会いと体験を、いつまで経っても初心者の域を脱出できないと嘆くことしきりの、オッチャンの目でご紹介するものです。