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4)分離唱と分離奏
前回のお話を更に具体的に理解していただく為、氏は次のようなお話を書かれているのをご紹介します。
♪♪♪
(引用ここから)
以前、私があるヴァイオリンの先生に耳の訓練をしたとき、非常に苦労したことを覚えています。まず、ヘンデルのソナタを弾かせたら、メロディはちゃんと弾いていますが、私がピアノ伴奏をつけると、ピアノと遊離した音で弾いているのです。「あなたははずれている。」と私が言ったら、「おかしいな、そんなはずはないんだが・・・。」と首をかしげています。「それはあなたの耳がひらいていないから、外れていることが分からないんだ。私自身ヴァイオリンは弾けないが、あなたの音が外れていることは分かる。」と私は続けました。その日は他に三人のヴァイオリンの先生が来ていたので、私は、大変失礼だが・・・と、一人ずつ易しい曲を弾いてもらい、伴奏しながら聴いてみました。すると、全部の先生が外れています。「悪いけど皆さん外れています。」と言ったら、「なるほど・・・私にも分かった。みんな外れているよ。」とその中のK氏が言い出しました。「K先生たいしたもんだ」と私が言いますと、「いや、だって聴けば分かるじゃないか。」と言う。所がこの先生も外れているのです。「今のあなたのも外れていますよ。」と言うと、「そうかな?そうかな?」と不思議な面持ち・・・。そしてしばらく考え込んでいましたが、「外れるのは当たり前ではないだろうか。というのは、ヴァイオリンはいささか純正調に作られているが、これに反してピアノは平均律だからピッタリ合わないのではないだろうか。」と言い出したのです。そこで私は次のように話しました。「ではなぜ、ヨーロッパで発達したヴァイオリンに、わざわざ平均律で狂わしてあるピアノをつけるの?それならバッハの無伴奏ソナタやシャコンヌだけを弾いて満足していればいいわけだ。もし、平均律のピアノと、あなたのおっしゃる純正調的のヴァイオリンとがハーモニーしないならば、何故ピアノ伴奏をつけるのか・・・。」「それもそうだな。」というわけで大議論が起こりました。
そこで、私はなおも続けました。「これは議論の余地のない問題です。あなたがたは、分からないから議論をするのです。確かにヴァイオリンやチェロは純正な音が出せます。半音にしても、ピアノはすでに決まっているが、弦楽器は指の加減でいかようにも出来ます。日本の天才少年少女が演奏するヴァイオリンでも、その技術は確かにヨーロッパの水準に近づいてはきましたが、どうしても音が時々外れています。しかもゆっくりした曲で、例えばG線上のアリアで伴奏が1小節ぐらい歌い、その間ヴァイオリンはウーと伸ばしている箇所がありますが、そのときのヴァイオリンが外れるのです。どうしてピアノに合わないのでしょう。ピアノの単音にヴァイオリンの音を合わそうとするから合わないのです。また、よく弦楽器奏者の中には“自分の音程”などと自負している人もいますが、その人も外れています。かりに、CEGがピアノ伴奏になっていて、その中のGをヴァイオリンでメロディを弾いているとします。この場合、ピアノとヴァイオリンが合う、つまりハーモニーするというのはどういうことでしょうか。ピアノの単音のGに単音で合わせるのはやさしい。ところが、ハーモニーの伴奏だと、どれに合わせていいか分からないわけでしょう?ヴァイオリンのGをピアノのGに合わせるのではありません。しかし、ピアノのCEGにハーモニーする音でなくてはならないのです。
(中略)
この先生方は音痴ではないが耳が悪く、和音聴音は非常に惨めでしたが、分離唱をこの先生方に施し分離唱ができるようになるとヴァイオリンが変わってきました。ヘンデルのゆっくりした楽章LentoやAdagioを私が伴奏すると、ちゃんとハーモニーして非常に楽しくなってきました。前述のK氏が一番上手くなって、「あぁ分かった。ピアノから浮いているんだ。狂ってるんじゃない、狂ってるほどじゃなくて、ほんのちょっと浮いているんだ。」
と言い出しました。浮いていると言うのは、単音に合ってないと言うことではなくて、ピアノの和音に合ってないと言うことなのです。これがなかなか分かってもらえない。純正調でもないし平均律でもないが、とにかく耳でちゃんと合わせられる範囲があるのです。これを探し出すことが今後の弦楽奏者の務めだと思います。
相当な大家のヴァイオリニストでもピアノと遊離している場合があります。天才で耳もいいはずなのにその耳を100%使うことをご存じないのです。だから音程も悪くなるし、技術で弾き飛ばすことになってしまいます。ヴァイオリンコンチェルトの速いテンポの楽章などで、オーケストラがメロディを流しているとき、ソロヴァイオリンがガリガリ・・・分散和音を無味乾燥に弾いていると、ヴァイオリンという楽器の存在価値も疑わしくなります。これも和音として生かさなかったら、結果として技術を見せびらかすのがヴァイオリンコンチェルトだと思われても仕方ないでしょう。
(引用ここまで)
♪♪♪
(Hide記)
いかがでしょうか。 私はいまだかつてこんな見方をしたことがありませんでした。それは、耳がひらいていないからなのでしょう。重要なことは、例えばCEGの和音を、
「3つの音が重なっている」という捕らえ方ではなく、CEGという名のひとかたまりの「響き」として聴きなさい、氏はこう言っておられるのではないかと思うのです。
氏は、人声でするのが分離唱なら弦楽器のような楽器で同じ事を行うのを分離奏と呼んでおられます。そしてこのような、自分で音を作っていかねばならない弦楽器は、まず分離唱で耳をひらいてから始めるべきだと提唱されているのです。
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