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さて、今回がいよいよ最終回です。
これまでのかなり長い間、分離唱という手法についてできるだけ分かりやすくご紹介してきました。 そしてこの手法のことを知れば知るほど、初心者ばかりが集まっての合奏で、
美しいハーモニーを形成するのにうってつけの手法ではないかと思うようになりました。 しかもそれは個人レッスンの場ではなく、集団の授業の現場で創案されたというところも我々にとって幸運でした。
それも特に難しいことでもなく誰にもできる単純な「作業」の形で・・・。 皆さんの中にも興味をお持ちになった方がいらっしゃることでしょう。
そして、お家にピアノがある方は勿論、キーボードなどの鍵盤楽器のある方は、 是非一度自分で分離唱をやってごらんになればいかがでしょう。
訓練が実って耳がひらいて来たら、今まで聴こえてこなかった音が聴こえるようになるばかりではなく、 作曲者が何を言わんとしているのかその声まで聴こえるようになると佐々木先生はおっしゃっています。
最初の方でご紹介した、ある掲示板への投稿で初めて聞いて興味を持った、 「分離唱」という言葉と「耳をひらく」という言葉・・・。
この「分離唱」という言葉にはいかに深くて神秘的な意味が込められているかということを、 私は出来るだけ正確に皆さんにお伝えしたいと懸命に書かせていただきました。
そしてまた、「耳をひらく」という言葉ですが、 ピアノの和音の中で分離唱をしていると耳が働きだし、 眠っていたハモリ感がよみがえってくることを佐々木先生は「耳がひらく」という言葉を使われました。
この言葉は、今や特に音楽教育の現場ではごく普通に使われているようですが、 「ムジカノーヴァ」という雑誌には次のように書かれています。
♪♪(ここから引用)
「耳をひらく」という言葉が使われたのは、 故佐々木基之氏が1937年(昭和12年)に独自の音楽教育法「分離唱」を創案されてからのことです。
この教育法は「分離唱のすすめ」として本誌にも連載(1985年1月号が第1回目)されていたので、 ご存知の方もいらっしゃるでしょう。
以上、ピアノ情報誌「ムジカノーヴァ」(音楽の友社)2001年10月号「特集:耳ひらいてますか?」より
私は、佐々木先生の本を読み、実際にレッスンも受けて感じた重要なことは、 美しいハーモニーを作り出すにはいかに雑念のない精神的集中力が必要か・・・と言うことです。
佐々木先生の授業に、目を輝かせてついてきた子供達のような・・・この子供の心・・・。 私達は音楽をやるとき、この完全に眠ってしまった、
子供のように素直に音に集中する心もよみがえらせる必要があると思うのです。
私がレッスンを受けているとき、 分離唱がうまく行って先生に褒められると、 もうその次からはものすごく意識してしまってダメになることが多いです。
あるいは、せっかくそれまではうまく行っていた演奏でも、 「ここは聞かせどころ」とばかりにはりきり出すとハーモニーから遊離してしまう・・・。
合唱でも、ボイトレを充分受け、 自分は良い声になってきたと思う意識のある方であればあるほど全体のハーモニーから遊離することが多いようです。
どうやら、佐々木先生の「耳をひらいて心まで」という言葉は、 耳をひらいたら心もひらくことが出来る・・・と解釈しがちですがひょっとしたら・・・。
耳をひらくだけではダメよ、心までひらかなければいけないのだよ・・・とおっしゃっていたのではないか・・、 そんな気すらするのです。
さて・・・、これで私の連載書き込みもここでいったん終了しますが、いかがでしたでしょうか? 私だけでなく、みなさんも恐らく、分離唱はひょっとしたら我々を救ってくれるかもしれないと思い始めたのではありませんか?
初心者ばかりの合奏でも美しいハーモニーが得られるのではないか・・・、 私も素晴らしい先生にも巡り会い、ますます現実性を帯びてその思いを強くしています。
そして最後に皆さんにお願いがあります。
私達の「初心者の為の弦楽合奏」。 私が3年間求め続けてきた「初心者にも美しいハーモニーが得られるのではないか」という思い。 これを実現するため、我がO先生にご指導をお願いし、分離唱に基ずく弦楽合奏会を計画したいと思っています。
いかがでしょう、そんな機会があればぜひ参加したいと思われる方はいらっしゃるでしょうか。 もしいらっしゃるようでしたら、掲示板にその旨書き込んでいただけませんでしょうか。
あるいはHide宛てのメールでもかまいません。
もしある程度以上の反響があるようであれば、 近い将来に実現させたいと思っておりますのでよろしくお願いいたします。
長い間、私の拙文にお付き合いしていただきました方々に深くお礼申し上げます。 ありがとうございました。
それではみなさん、良い合奏を! (完)
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